さまざまな声が飛び交っている。女の悲痛な嘆き、怒声のような男の大声。気がつくと、僕は砂の上に横たわっていた。あたりは暗い。
意識が次第にはっきりしてくる。必死に頭を回転させ、記憶の糸をたどる。バスの車内でたしか悲鳴を聞いたはずだ。それから……。
そばに横倒しになったバスが見える。不安は的中したのだった。事態はよく飲み込めないものの、事故にあったのだな、ということは理解できた。ああ運ちゃん、やっちゃったのか。調子よく飛ばしてたもんなぁ、あれじゃしょうがないよな。と妙に納得する。
体は動くようだ。よっこらしょと上半身を起こす。あらためて周りを見回すと、月の光に薄ぼんやりと照らされた砂漠のあちらこちらに人が倒れている。忙しく歩き回っている人もいる。国境に向かう一本道は左に大きくカーブを描いており、バスはスピードを出しすぎて曲がり切れなかったらしい。車内にはまだ残されている人がいるのだろう、ジャッキのようなもので男たちが救出作業をしている。腕時計を見ると1時を少し過ぎたところである。事故が起きてからそう時間は経っていないようだった。
僕のすぐ隣りには、男がひとりあお向けに横たわっていた。立派な白いひげをたくわえた老人だ。上下の白っぽい民族衣装は見事なほど血のりで汚れている。老人は顔の上で両手を強く握りしめ、天に突き上げるように繰り返し上下させながら、一心に何かをつぶやいている。アラーの神に祈りを捧げているのであろう。
たの子
ライター
1969年京都生まれ、宮崎育ち。男。
学生時代からアジアを中心に海外をブラブラし、
人生もブラついたままとりあえず酒を飲む毎日。