たの子の旅の話

ビルマ(ミャンマー)では、妙齢のビューーーチフルなフランス人女性と仲良くなった。緑の山々に囲まれた静かで小さな村。われわれはトレッキングを楽しもうと意気投合し、山に分け入った。たどたどしい英語を駆使しながらルンルン気分で歩いていると、突然、行く手をはばむ何かが目に入った。

僕と彼女は一瞬にして凍りついた。その距離約1メートルか。かま首をもたげ、口からは小さな牙がのぞき、舌がチロチロと出たり入ったりしている。明らかにこちらを威嚇しているそれは、動物園でしかお目にかかったことのない正真正銘のコブラだった。チ○コが縮み上がるというのをはじめて体感した。

静寂があたりを支配する。にらみ合いがしばらく続いた後、われわれは敵の動きを慎重に観察しつつ、そろそろと静かに後ずさった。2メートルほど離れたところで、コブラは草むらにスーっと消え去った。その間たぶん数秒のことだったのだろうが、それはそれは長く感じられた。ぐったりと疲れ果てた僕たちは、来た道を肩を落としてトボトボと戻るしかなかった。さっきまでの高揚したアバンチュール気分はいっきに萎え、2人の仲も急速に冷めた。


カンボジアでの記憶はいまなお鮮烈に脳裏に刻み込まれている。当時はまだポルポト派の残党がわずかばかりの抵抗を続けており、国内を自由に移動するには相当のリスクを伴った。旅行者が襲われたという情報がときどき耳に入り、首都プノンペンでさえゲストハウスの前で夜中に拳銃強盗が発生していた。

そんなあまり治安のよろしくない国で、僕は煩悩のとりことなり、快楽に溺れ、足をすくわれそうになっていた。酒、ドラッグ、女。ここにはなんでもあった。しかも安いときた。危険をかえりみず、夜なよな薄暗い街をさまよった。男の悲しいサガを思い知らされた。多くのオヤジがズブズブと底なし沼に沈み込んでいた。

そんな「無間天国」から抜け出すには、何ものにも負けない強固な意志と決意が要った。詳細については紙幅の都合により割愛させていただくが、僕が誘惑に打ち勝ったということだけはここに申し述べておきたい。
 
楽しくて、苦しくて、ちょっぴり甘酸っぱく、せつない旅のあれこれを反すうしながら、どうやらそれも終わりになりそうだなと僕は覚悟した。隣りでは老人が祈り続けている。

たの子
ライター
1969年京都生まれ、宮崎育ち。男。
学生時代からアジアを中心に海外をブラブラし、
人生もブラついたままとりあえず酒を飲む毎日。

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